道徳の時間です

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2020年11月21日

『仏様のことば』

お前はお前で丁度よい
顔も体も名前も姓も   お前にそれは丁度よい
貧も富も親も子も   息子の嫁もその孫も   それはお前に丁度よい
幸も不幸も喜びも   悲しみさえも丁度よい
歩いたお前の人生は   悪くもなければ良くもない   お前にとって丁度よい
地獄へ行こうと極楽へ行こうと   行ったところが丁度よい
うぬぼれる要もなく卑下する要もない   上もなければ下もない   死ぬ月日さえも丁度よい
仏様と二人連れの人生は丁度よくないはずがない
丁度よいと聞こえた時   憶念の信が生まれます   南無阿弥陀仏

「憶念の信」という言葉は

「憶念」とは、「心に堅くおもうこと」、「心に思いたもつこと」といった意味です。

従いまして、「憶念の信」とは、「阿弥陀仏の本願を信ずること」、すなわち「阿弥陀仏にお任せする」ということだそうです。

この詩は、むかし、現状をうけいれることができす悩んでいた作者の心にふと聴こえた仏様の言葉だとのこと。

仏様のいう「ちょうどよい」は「それしかないのですよ」という意味に近く、人から言われたり、自分で悟るというのではなく、仏様という絶対的な存在からそう指示されることに意味があるようです。

自力ではどうすることもできず、もがき苦しんでいる時に、仏様の言葉を通じて、はじめてみえた「自分の道」。

運のせいにしたり、他人の人生をうらやましがったりするのではなく、あたえられた自分の道を前へ前へとすすむこと・・・

大事な大事な自分の道。所詮はその道しかないし、それが「ちょうど」よいのです。

その瞬間、スーッと苦しみから解放され、涙があふれてきたということです。

それまで嫌でたまらなかった現状に、感謝の気持ちさえ生まれてきたと・・・。

皆様の心がすこしでも豊かになりますように。  営業課、中原

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